※R18程度の性描写を含みます。
窓から差し込む太陽光の眩しさに目を覚ますと、ぼんやりとした天井がまず見えた。
それから意識が少しずつはっきりしてくる。
同時に見えてくる乱れたシーツと、ぐしゃぐしゃに脱ぎ捨てられた二人分の衣服。
壁に掛けられた時計を見やると、長針と短針は朝と言うより昼に近い時刻を示していた。
やっぱり昨日のうちに仕事を片付けておいてよかったとしみじみ思う。
そうでなければ、今頃この部屋には声量が大きすぎる説教が響き渡っていたことだろう。
「大変ですねー」
他人事であるように呟きながら、とりあえず上半身を起こそうと体をよじるが、うまくいかない。
理由はわかっている。隣の男にがっちりと抱き締められているからだ。
「……ベルセンパイ、離してくださいー」
眠っているベルフェゴールの腕の中で暴れてみるのだが、抱き締める強さは弱まるどころか増したような気がする。
どうしてこの男はこんなにぐっすりと睡眠を貪っているのだろう。
……少なくとも、昨晩で使った体力で言えば、こっちの方が疲れているはずなのに。
フランは呆れたように溜息をついたが、普段とは違って眉間に皺を寄せることはなかった。
こんな日に限って、ひどく目覚めがよい。
すっかり眠る気も失せてしまったフランは、どうせ動けないなら、とベルフェゴールの首筋を撫で、うなじを撫で、髪の毛の中に手を突っ込んだ。
金色で寝癖のついた彼の髪は、日の光を受けて尚のこと輝いて見える。その中にあるフランの指は絡めとられることなく踊り続けた。
さらさらと指の隙間を滑り落ちていく感覚も、サイドテーブルに無造作に放られたリングが眩しくきらめくのも、じわりと滲んでフランの胸を満たしていく。
穏やかで、素晴らしい時間だ。それこそ、夢みたいで。
やけに冴えてしまった頭でそんなことを考えていると、ふと昨晩のベルフェゴールの言葉を思い出した。
柄にもなく口に出した彼の弱みを。その言葉を自分が受け止めたいと願ってしまった、愚かなフラン自身の姿と共に。
明かりを消した部屋の中で、フランは何も聞くことはできなかった。
おそらく求め合う肌が擦れる音がしていたとは思うのだが、熱に貫かれる度に頭が溶かされて、音を認識するだけの余裕すら奪われていたからだ。
身体中が熱くて仕方がない。
まるで犬のように、だらしなく口を開けて喘ぐフランがベルフェゴールを見上げると、ベルフェゴールの額から顎へ伝った汗が一滴、フランの頬へしたたり落ちた。
熱い吐息のまま、フランはベルフェゴールにしがみついて何度も彼の名を呼ぶ。。
答えるようにベルフェゴールは口許を歪めて、できる限り優しい声でフラン、と耳元で呼び掛ける。
二人は互いにぎりぎりのところで意識を繋いでいたから、それをきっかけにしてフランが達して、
強張ったからだの締め付けにベルフェゴールが達してしまったのも仕方ないことだった。
余韻に浮かされて放心するフランに覆い被さるベルフェゴールが、そのライトグリーンの髪の毛を愛しげに撫でては、汗で額に張り付いた一束を払う。
いつもなら、気を失うように眠りにつくフランを担ぎ上げてバスルームに放り込むところなのだが、それはフランの言葉によって遮られた。
「ベルセンパイ、ミーたち、生きてるんですね」
「……は?」
「こうしてるとよく思うんですよ」
フランの細い指が宙をさまよって、ベルフェゴールの肌へと絡みつく。
窓の外で、それまで厚い雲に覆われていた月が顔を出した。
月の光に晒されたフランの肌は白いというより、むしろ青かった。
「ミーもセンパイも生きてて、熱い」
重いものを吐き出すように言葉を漏らすフランを見下ろして、ベルフェゴールは何も言わなかった。
どちらかと言えば、ついさっきベルフェゴールがフランの髪を慈しんでいたときに考えていたことをフランの口から聞いて、
驚きに何も言えなかったと表現するのが適当なのかもしれなかった。
構ってほしい猫がするのと同じく、擦り寄って頬をベルフェゴールの胸へと押し当てるフランをただ見下ろしている。
フランの体はどこを触っても冷たい。
だから、ベルフェゴールがその体に刻み込むように熱を与える抱き方ばかりしていたのかもしれない。
フランの体は小刻みに震えていた。
それはきっと自分の代わりに震えているのだから、華奢なフランの体の震えを止めたくて、ベルフェゴールは腕を伸ばす。
「オレたち、ちゃんと生きてるんだな」
「……」
「明日も、生きていくんだよな」
普段よりもずっと弱気なベルフェゴールの声を、フランは茶化すことなく黙って聞いていた。
伸ばされた腕も拒絶せず、フランの体はすっぽりとベルフェゴールに覆われる。
おずおずとベルフェゴールの背中に回されたフランの腕に力が込められて筋肉が軋む音が聞こえた。
もたれ掛かったベルフェゴールが感じるフランの重みはあまりにも頼りない。
「センパイがあんまりにも熱いから」
「……なんだよ」
「ミーは眠くなっちゃいましたー」
「待てって、先にシャワー浴びてこい」
「えー」
ベルフェゴールは文句の多いフランを有無を言わせずシーツの海から引き上げて、バスルームに突き飛ばすと思い切り扉を閉じた。
しばらくすると蛇口を捻る音が聞こえてきたので、ベルフェゴールは安堵してバスルームから離れた。
おまえが俺の前から消えると怖いんだ、とフランに告げたら、あいつは笑うだろうか。それとも。
いつだって自分の不安を誤魔化すのはちゃんとした答えじゃない。窓ガラスを一枚隔てた向こうにある答えも同じくらい、怖かった。
そして、それはフランも同じだった。
ひんやりとしたタイルに熱を奪われて、まずはじめに後悔した。少し饒舌になりすぎた、と。
職業柄、生死を論じてもなにも説得力を持たないことを分かっていたつもりだったのに。
少し熱いくらいのお湯が降り注ぐ。全身をくまなく濡らして排水溝へと流れていく。
眠気はほんの少し覚めたけれど、二人の温もりの残る毛布の中に潜ったら、きっとフランはすぐにまどろみの中に溶けてしまいそうだ。
そしてきっと、ベルフェゴールはそれを咎めはしない。
フランはベルフェゴールの言葉を胸の内で何度も何度も唱える。口に出してしまうにはもったいないと思ったからだ。
明日も生きていく。それは、とても普遍的なようで、自分たちにはロマンティックすぎて甘ったるい。
甘くて、暖かくて、不相応だ。そう分かっているのに、くすぐったくて手放したくない響き。
(……そういえば、返事できませんでしたねー)
「ね、ベルセンパイ」
ベルフェゴールの顔を覗き込むと、意外にも睫毛が長いことに気が付いた。
なんだかおかしくて自然と口元が綻んでしまう。
首を少し反らせて、緩んで微笑みの形になった唇をそっとベルフェゴールの頬に押し当てる。
んぐ、と間抜けな声を漏らしたベルフェゴールに今度こそ笑いを堪え切れなくて、少し吹き出してしまった。
言葉にしてしまうのは、少し怖いから。
次のステップはあなたに愛されたあしたに取っておこう。
あなたが望んでくれた明日を、あなたと二人で生きていきたいと思った。